2007年12月26日
ボウリングの選手でした!
当時は綺麗だったんでしょうね!
中山 律子(なかやま りつこ、1942年10月12日 - )は、プロボウリング選手。群馬県草津町生まれ(後に両親の出身地鹿児島県に転居)。ライセンス番号2の女子1期生。通算タイトル33勝の永久シードプロ。社団法人日本プロボウリング協会(JPBA)会長。ジャパンレディースボウリングクラブ(JLBC)会長。鹿児島市立鹿児島女子高等学校卒業。
来歴・人物
高校卒業後の1961年に旭精機(愛知県)に入社し、バレーボール選手として活躍。1965年のボウリング初体験をきっかけとし、1968年に東京タワーボウリングセンターに入社。1969年女子プロ誕生と同時にプロ入り。
アマチュア時代から須田開代子とは面識があったが、実力的には須田の後塵を拝する事が多かった。しかし女子プロ誕生と共に中山も結果が付いて来る様になって来た。1970年3月22日の第1回全日本プロボウリング選手権大会で優勝し、 1970年8月21日には、テレビ朝日(当時=NETテレビ)『レディズチャレンジボウル』収録中に女子プロ初のパーフェクトゲームを達成 (女子プロ八月月例会・優勝決定戦、対戦相手=海野房枝 於:府中スターレーン)。同期の須田らとともに爆発的なボウリングブームの立役者となった。
特に中山は「さわやか律子さん」の愛称とともに抜群の美貌と人気を誇り、テレビCM 『花王フェザーシャンプー (♪♪律子さん、律子さん、中山律子さん♪♪)』 等にも出演し一大旋風を巻き起こし、女子プロ数多くあれど?史上最強の女子プロ?と言われている。
当時の代表的専門誌 『ボウリングファン』 によるとパーフェクト達成時のヒップは90cmを超えていて、『お尻の大きさも大事ではないか――』と、2Pに渡って特集されているのも特徴である。TV初のボウリングドラマ 『美しきチャレンジャー』(1971年、TBS系列)にも出演し、そのダイナミックなヒップラインを堪能出来る。
現在も現役としてプレーする傍ら後進の指導にも力を入れ、全国各地にスポンサー探しの忙しい日々を送っている。現在 は日本プロボウリング協会の会長も務める。
(以上、ウィキペディアより引用)
今なら俺の方が強いんじゃないか!
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